『塩の像』 ルゴーネス
もしアルゼンチン文学の全過程をひとりの人物で象徴させなければならないとしたら、その人物は紛れもなくルゴーネスであろう。彼の作品にはわれわれの昨日があり、今日があり、そしてたぶん、明日がある。
――本書、ボルヘスの序文より
レオポルド・ルゴーネス(Leopoldo Lugones, 1874 - 1938年)はアルゼンチンの詩人・短編作家である。ボルヘスは文学の師と仰いだという。
本書にはルゴーネスの短編が7つ収録されている。表題作のモチーフは、タイトルからも分かるように創世記19章「ソドムとゴモラ」である。他には、同じく創世記より着想を得たと思われる『火の雨』、ダンテの神曲地獄編より禁断の恋に溺れたフランチェスカの物語、インドでの瞑想修行の結果自己分裂を起こしてしまったとある金持ちの話など。
プロットや語り方に特段奇異な手法が使われているわけでもなく、文章も平易であり、とても素朴な小説であるとの印象を受ける。しかし逆に言えば、簡素であるが無駄のない短編である。
ルゴーネスが小説を書いていた1900年前後、聖書物語というものは欧州ではどのような位置づけにあったのだろうか。ダーウィンの進化論からすでに70年、この頃、メンデルの法則が再発見されている。産業界ではT型フォードが大成功をおさめた。急激に進む近代化が宗教の影響力を弱め、合理的思考が尊ばれ、同時に多くの場所で聖書物語は歴史から完全なフィクションに変わつつあった。
その頃、アルゼンチンでは急速な近代化と西欧化、多くのヨーロッパ人移民の流入が社会を大きく変化させている。ここでも同様に聖書物語の力は失われつつあったのだろうか。確かに、以前よりその力は弱まったであろうが、まだまだ未開の南米の、アルゼンチンの民衆の中で、聖書物語は欧州よりもはるかに生き生きとした姿を留めたままに読まれていたに違いない。聖書がまだ現在と歴史の向こうに地続きであった時代の息吹がルゴーネスの小説には残っている。
ところで……『塩の像』はまだネット書店でも新品の在庫があるようで、あまり人気がないのか……(´・ω・`) 中古価格も安い気がする。一方で、ルゴーネスはあまり翻訳されておらず、現在、作品をまとめて読めるのはほぼ、バベルの図書館だけらしい。ボルヘスのルーツの1つを見ることができる貴重な短篇集である。
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